清宮幸太郎は現在センターにコンバート?大きな身体の秘密は母親の栄養管理にあり?清宮幸太郎のwiki風まとめ

どうも、管理人のタッキーです。

東京都の春の高校野球(春季東京都高等学校野球大会)で、

早稲田実業の清宮幸太郎選手が一回戦(都立町田戦)で

特大のホームランをかっとばしましたね。

下に動画を貼っておきます。

そして、この後もホームランを打ち続け、

6月18日の試合で高校通算50本目となるホームランを打ちました。

夏の大会でどんな活躍をするのかとても楽しみですね!

清宮幸太郎のwiki風プロフィール

清宮幸太郎選手は、1999年5月25日生まれの高校生です。

体格は184cm,97kgです。

早稲田実業学校高等部の野球部に所属する右投げ左打ちの内野手・外野手です。

清宮幸太郎の生い立ち

清宮幸太郎選手は、1997年5月25日に元ラグビー選手でヤマハ発動機ジュビロの監督の

清宮克幸さんと慶應大学でゴルフ部の主将をしていた幸世さんの間に

長男として生まれました。

野球をはじめたきっかけは、2006年の夏の甲子園の決勝である、

早稲田実業対駒大苫小牧の試合を甲子園球場で観戦したことです。

それまでは相撲やスキーやラグビーもやっていたそうです。

父の克幸さんは元ラグビー選手ですから、

息子にラガーマンになってほしいと思うのは自然なことだと思いますし、

実際にそう思っていたようです。

しかし、清宮幸太郎選手が野球一筋でいきたいと思っていることを知ると、

「野球で一番になれ。だめならラグビーをやれ」という約束を交わしました。

清宮幸太郎選手のリトルリーグ時代

清宮幸太郎選手は、東京北砂リトルに所属していました。

世界大会にも出場しました。

東京北砂リトル時代には投手を務め、MAX129km/hの剛速球を投げ、

打者としては通算132本のホームランをかっ飛ばしました。

リトルリーグ時代の動画を貼っておきます。

清宮幸太郎のシニアリーグ時代

清宮幸太郎選手は調布シニアに所属していました。

調布シニア時代は腰痛に苦しみ、野球ができない時期が続いたようです。

ただ、調布シニアの監督が語っていた、

セカンドライナーだと思ったら、バックスクリーン右横にホームランを打ったという

エピソードが清宮幸太郎選手のすごさを表していると思います。

清宮幸太郎の高校時代

高校は、早稲田実業の野球部で野球をしています。

入学時から一年生の12月までは主にファーストを守っていました。

一年生の春の都大会でいきなりベンチ入りすると、

オコエ瑠偉選手を擁する関東第一高校との試合でホームランをかっとばしました。

(試合は早稲田実業が18-11で敗戦しています。)

夏の西東京大会では、ホームランはありませんでしたが、

清宮幸太郎選手を目当てに神宮球場にたくさんの人が集まったのは

記憶に新しいのではないでしょうか?

そして、西東京大会を制した早稲田実業は甲子園に出場し、

3回戦の東海大甲府戦(山梨)戦と準々決勝の九州国際大付属(福岡)戦で、

ホームランをかっ飛ばしました。

甲子園で歴代最多のホームランを放った清原和博さんでも

一年生の夏に甲子園で二本のホームランを打つことはできませんでした。(清原さんは一本)

このことを考えると、いかに清宮幸太郎選手がすごいかがわかると思います。

早稲田実業は準決勝で仙台育英に敗れましたが、

清宮幸太郎選手は一年生でただひとり高校日本代表に選ばれ、

日本代表の四番を務めました。

また、早稲田実業は国体にも出場しましたが、

初戦で鳥羽高校(京都)に敗れました。

これが清宮幸太郎選手にとって、二つ上の先輩と戦った最後の試合となりました。

秋の都大会では、ブロック予選時に清宮幸太郎選手の人気を考慮して、

直前になって会場が高校のグラウンドから

収容人数がある程度確保できる多摩一本杉球場に変更になったり、

清宮幸太郎選手もそこでホームランをかっ飛ばすなどして話題になりましたが、

本戦の二回戦で二松学舎大付属に敗れて、翌春の選抜にも出場できませんでした。

そして、一年生の冬の年が明けたころにファーストからセンターに転向しました。

経緯は、清宮幸太郎選手とほかのファーストを守る選手を

監督が両方試合に出したいと思っているときに、

もともとセンターを守っていた選手が体調不良などで試合に出場できなかったので、

清宮幸太郎選手にやらせてみることになり、

思いのほか守れるということが分かったので

そのままセンターにコンバートされたらしいです。

そして、春の都大会からは背番号を3から8に変えて出場しています。

ただ、春の大会の後の練習試合ではポジションはファーストに戻ったようなので、

夏の大会での背番号は3になるのではないでしょうか?

清宮幸太郎選手の大きな身体の秘密は母親にあり!

清宮幸太郎選手は、リトル時代から周りの選手よりも

一回りも二回りも大きな身体をしています。

その秘密はたくさん食べ、なおかつ栄養バランスが適切だからでしょう。

母親がフードマイスターの資格を持っていて栄養学にたけていることに加え、

両親がバリバリのスポーツマンであったことが影響していると思われます。

食事はタンパク質中心で、小学生時代からプロテインを飲んでいたそうです。

清宮幸太郎選手の食生活からわかること

清宮幸太郎選手の食生活からわかることは、

プロテインを飲んだら背が伸びないという迷信はまかり通らないということです。

なぜなら、プロテインを飲んでいた清宮幸太郎選手自身が大きな身体をしているからです。

なので、成長期の子どもたちは安心してプロテインを飲みましょう。

そして、親御さんたちは安心してプロテインを飲ませましょう。

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